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たしかにブログを続けられる人はネクラなんだと思うけど、それが何か?

人生計画であなたの夢を目標に変えて実現する、シナジーブレインの安田修です。

ここだけの話ですが、はっきり言って私はネクラだと思います。多くの人が楽しいと感じること、例えばキャンプやバーベキュー、パーティーなども素直に楽しむことができません。「そんなことないですよ〜」と言ってくれる人は、まだ私との付き合いが浅いと思って下さい(笑)。でもだからこそ、良い面もあると思うんですよ。

ブログを書き続けるのは「ネクラ」

「ブログなんて誰でも書けます」と言われることが多いですし、私もそう思います。でも実は、面白いブログを書き続けることができるのは、ほぼ例外なくネクラな人だと思ってもいます。すごく社交的で素直で、明るい人の書く文章はたいてい、失礼ながらあまり面白くないんです。

漫才や落語などのお笑いも好きで研究しているのですが、この世界でも面白いのはたいがいネクラな人です。コンビで片方が社交的というのは許容できますしむしろ望ましいですが、ネタを書いている方はほぼ例外なくネクラです。人と自然にうまく接することができないからお笑いというスキルを身につけた、みたいな。

文章力もそうだと思うんです。人との会話が苦手だから本を読むし、うまく表現できないから日記やノートに文章を書き続けるのでしょう。パーティーや飲み会が苦手だから、部屋にこもってブログを書きます。我ながら、発想が暗いんですよね。

売り込みが苦手だから仕組みを作る

逆に言うと、交流会に行って会った人と自然に仲良くなれて、すぐに仕事を貰えたり紹介が得られたりする人は、ブログなんて書かなくて良いんです。コミュニティも持たなくても良いかもしれません。思えば私はそれが苦手だからこそ、コミュニティを作ってブログを書いているのだと思いますから。

コーチ・コンサル・士業で起業をするならコミュニティと情報発信は必須で、情報発信の中ではブログが一番効果的だというのが私の持論なのですが、お話をしていて全く噛み合ない人がときどきいらっしゃるんですよね。それがなぜなんだろうと考えた結果、この人はネクラじゃないんだという結論に達しました。

もしかしたらネクラとネアカという対比では正確ではないかもしれません(こういうことを考える時点で既にネクラ)。内向的と社交的、と言った方が正確な気がします。私はもう、胸を張って内向的です。社交的な人は、コミュニティやブログといった「仕組み」の必要性を感じにくいように思います。その人が現状、十分に稼ぐことができているかどうかは別として、です。

ネガティブな感情が創作意欲となる

内向的な人は基本的に普段から「ああでもないこうでもない」と考えているので、ブログのネタに困ることがありません。ちょっとしたことでも「もっとこうだったら良いのに」「自分だったらこうするのに」と。「なぜ人は生きるのだろうか」とかいまだに考えたりしていますから。あらやだ恥ずかしい。

でもそういう、ちょっとした不満などのネガティブな感情がネタとなり、創作意欲になるんです。不器用でちょっとクレイジーなくらいの方が、文章は面白いです。もしあなたが社交的で素直で、今とても幸せを感じているのなら、情報発信の手段としてブログは向いていないかもしれませんね。インスタグラムが良いかも。

私が一番創作意欲に溢れていたのは「一度しかない人生、こんなはずではない」と悩み抜いていたサラリーマン時代です。毎日1記事どころか、4記事でも5記事でもいくらでも書けました。それが読んで面白いかは別にして、書きたいことはいくらでもありました。ネガティブな感情が創作意欲となるんです。

そしてブログに戻る

最近はランチキャンペーンということで多くの人に会ったり、交流会にも参加するようにしています。ちょっと自虐的なことを書きすぎたので自らをフォローしておくと、そういう場でも私は客観的にはそれなりにうまく振る舞えます。実際、人に会えば人生計画フォーラムに入会してくれる人も増えます。仕組みができているからこそ、人に会う効果が高まっているなとも感じます。

しかし内面では「ちょっとこれ、違うな」と感じています。今はこれをやるべきと頭では理解していますが、いつまでもやっていたいとは思えない。やっぱり売り込みをしないために仕組みを作るというのが本質なので、もっとナチュラルにやりたいと思いますね。まあランチは相当、ナチュラルなつもりですが(笑)。

理想はやはり、ブログを読んでくれた人が私やコミュニティに興味を持ってくれて、メルマガに登録してくれたり、イベントブランチに遊びに来てくれるのをじっと待つ、というのが時間はかかりますが、私にとっては王道だと確信するに至りました。なのでしばらくはまた毎日、ブログを書いてみようかなと思います。

「器用貧乏」ではありませんが、あれもできるしこれもできる、だからなんでもちょっとずつやってみようという発想だと、いつまでもある一線が突破できないように感じているんですよね。それが正しいかどうか、時間が証明してくれるでしょう。それでは、また。

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