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インドに3ヶ月間バックパック一つで旅をして得たものは何だったのか

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夢とお金の専門家、シナジーブレインの安田 修です。

「若者の旅離れ」なんてことが言われています。私は20歳のとき、大学を休学して、バックパック一つ背負ってインドを3ヶ月間、旅したことがあります。あまりそのことに意味を求めたくなかったのですが、その倍の年齢になろうとしている今、あれは何だったのかななんて考えてみるのも風流かと思い立ちました。

インドを選んだ理由

私に取っては、これが初めての海外旅行でした。それなのに3ヶ月間のインドというのは、客観的に見てかなり無謀だったと言えるでしょう。なぜインドにしたのか?と聞かれても答えることができませんでした。カオスに満ちた、汚いところならどこでも良かったのかもしれません。とりあえず「呼ばれた」と答えていました。

今思えば、インドに旅立った理由としては、モノごとをゆっくりと考えつつ、サバイバルを経験したかったのでしょうね。インドであれば、思索に耽る雰囲気もあるし、チャレンジングな国でもあると考えたような気がします。適当に決めたようでいて、これ以上この目的にぴったりな国は、今でも思い付くことができません。

予定は前もって組まない

基本、全く予定を組まずに旅をしました。カルカッタに入り、デリーに出るということを決めてエアチケットを買っていた他は、何も決めていませんでした。時計回りに、ぐるっとインドを一周しようかなと。初日の宿くらいは、予約しておけば良かったと思います。飛行機が深夜に着いて、怖い思いをしましたから。

毎朝、起きたらしばらく呆然として、その日は何をしようか考える。それはこの上なく、贅沢なことのように感じました。「海の方に歩いてみようか」とか、「今日は何もしないでおこう」と決めることもありました。日本への連絡も、2週間に一回くらいに押さえ、自らを束縛しないことを意識していました。

お金はほとんど使わない

お金は確か、2千ドルしか持っていませんでした。学生の頃はお金もなかったこともあり、交通費もあるので、3ヶ月で割ると日本で使う金額と大差はなかったと記憶しています。できるだけ現地の人に近いものを食べ、どうしても辛い(つらい・からい)時だけ中華料理を口に入れるようにしました。

移動は2等寝台か深夜バスを使いましたが、北インドの冬(12月)は寒く、走っていると徐々に窓が開いてきて、凍死しそうになります。乗り物の中で貰ったものを口に入れると睡眠薬が入っていて身ぐるみ剥がれたりするので、好意を受けられず歯がゆい思いもしました。でも、インドでは基本、人は騙しに来ますから。

決して無理はしない

うかつにスラム街に足を踏み入れたり、夜の街を出歩いたりはしませんでした。インドにいるということが既にリスクだったので、それ以上、わざわざ冒険することはないだろうと考えていました。それでもホテルの隣の部屋に泊まっていた女性が刺されて死亡したり、ひやりとすることは多かったですね。

街をあるけば、乞食が「バクシーシ!(喜捨)」と叫びながらつかみかかってきますから。彼(女)らは指が無かったり足が無かったりすることが普通ですから、夜だったら完全にバイオハザードの世界ですよ。昼間で十分、怖いんです。もちろん貧困について考えたりもしますが、現実が酷すぎて結論なんて出ません。

スピリチュアルな気分でノートを書きまくる

お酒を飲んだり、女性や麻薬を買ったりは一切、しませんでした。お金がなかったこともありますが、せっかくこういう雰囲気の国に来ているのだから、常にスピリチュアルな気分でいたかったのです。悟りでも開かないかな、と菩提樹の木の下で思ったりもしましたが、特に何も起こりませんでしたね。

夜遊びをしないと夜はヒマなので、部屋でノートを書きまくっていました。日記だったり、やりたいことだったり。ビジョンというほどのクリアなものは得られませんでしたが、どうせいつか死ぬのだから、サラリーマンとして一生を終えてはいけないな、という程度の青写真は、この時にできたのかもしれません。

何も変わらないことを確認する

帰国後には普通に部屋でプレステをしており、友人に呆れられました。そういう、「何か凄いことをしてきて、人生ががらっと変わる」みたいな、過度の期待をするのは潔くないなと思っていました。3ヶ月くらいインドに行ったくらいで、何かが劇的に変わることを期待するのは、インドに対して失礼なのではないかと。

で、インドに行った人は「何度でも行きたいか、二度と行きたくないか」どちらかになると言われているのですが、私はそれも、どちらでもありません。二度と行きたくないとまでは思わないけれど、そんなに行きたいわけでもない。機会があったら、行っても良いかなという程度です。

とりとめもない話になりましたが、結論としては今となれば、「自分の中で何があっても変わらない部分というのはどこなのか」を確かめに行ったような気もします。それはどこなのかは言語化はできないけれども、自分としてはわかっているようにも思います。とりとめもないまま、それでは、また。

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