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起業によるリスクヘッジ

夢とお金の専門家、シナジーブレインの安田 修です。

大企業を辞めて起業するなんて、きっと頭がおかしいと思われているんだろうなあと思いながら、ブログで色々と合理的な説明をしようとして、ますます頭がおかしい感じになっている今日この頃ですが(笑)、サラリーマンにもリスクはあるんだよという話です。

大企業に勤めていても消えないリスク

まず、サラリーマンと起業の比較ですが、短期・中期で見ればこれはまあ、生活ができないくらい貧乏になってしまうリスクは起業の方が高いでしょうね。起業をすると自らリスクを取って集客しなくてはなりませんし、訴訟などトラブルに巻き込まれても致命的な損失を被るかもしれません。

特に、大企業に勤務しているサラリーマンは安全性という意味では盤石と思っている人が多いのではないでしょうか。しかし、周囲から見ればそうですが、本人は必ずしもそう感じてはいないケースも多いように思います。リスク感性の高い人は、大企業の中でも危険を感じているはずです。

まず、どんな大企業であっても、倒産するケースは結構あるんです。古くは山一証券や長銀・日債銀、近くはJALや東京電力(倒産はしていませんが)の事例など、「まさか」と思うことが割に頻繁に、起きるんですね。他の企業に拾ってもらえる能力があれば良いですが、そうでなければ路頭に迷います。倒産まで至らなくても、会社が傾けばすぐリストラされることは、家電メーカーの名前を挙げるまでもなく明らかでしょう。

また、精神面を始めとした、病気のリスクもあります。過労死、というのは最近では減ってきたかもしれませんが、組織の中でストレスに耐えきれず、鬱病になるサラリーマンはむしろ増えています。大企業であっても、上司の当たり外れ一つで置かれる環境は大幅に変わります。

企業に勤めている限り、上司は選べませんし、転勤や不本意な仕事を命じられても基本的には断ることはできません。かわいい子供と離れて単身赴任をしたり、やりがいを失って抜け殻のようになったり。マイホームを買った途端に給料が下がる出向になったり。案外、大企業勤めにもリスクはあるんです。

 「濡れ落ち葉」になるリスク

そして、個人的に最大のリスクだと思うのは、定年退職です。より正確に言うと定年退職を迎える時点で、お金を稼ぐ能力が無い状態になっていることです。「濡れ落ち葉」みたいな状態で60歳なり65歳なりで、放り出される。資産が有り余るほどあれば良いですが、そうでなければ悲惨です。

年金で食べていこうなんて甘過ぎます。国家に負債を返す能力が無い以上、年金受給には何の保証もありませんし、最悪のシナリオでは、定年退職になった瞬間にハイパーインフレが来て、虎の子の退職金が紙くずになりますよ。そうなったとき、立て直す力がありますか、ということです。

起業をしてビジネスを育てていった人の場合は、この場合でも対処が可能です。資産が紙くずになっても立て直すことが可能です。起業をして生き残ることができた人は、80歳でも、お金を稼ぐ能力を保っていることでしょう。これからの不透明な時代、その差は致命的に大きいと思うわけです。

ちなみに、私がこの世で一番怖いのは、「熟年離婚」です。どんな理不尽にも我慢して、家族のために(と自分を騙して)長年働いて、働く能力が無くなり、かといって家のこともできず趣味も無く、子供との絆もしっかりしていない状態になったとき、唯一の頼みの綱となっていた妻に放り出される。こんな酷い人生があるでしょうか。何が怖いって、若い頃から離婚を決めていたくせに、切り出さなかった妻の心理が一番怖いです。

起業というリスクヘッジ

私が起業するのも、20年後・30年後に自分が何もできないお年寄りになるリスクを恐れたため、という側面もあります。一般に起業はハイリスクの典型だと思いますが、私にとってはリスクヘッジなんです。常に新しいことに挑戦し、楽しんで仕事をしていれば、脳が良い状態に保たれて結局、リスクが下がると考えました。

サラリーマンを続けて、銀行預金を積み上げることは一見するとリスクが低いように思うのでしょうけれども、国債の実質的なデフォルトに伴うハイパーインフレが来たら終わりです。その時に、会社も潰れるかもしれません。稼ぐ力を付けていなかったら、その時は何も残りませんよ。

それよりも、もしかしたら起業をしてビジネスを育てながら実力を付け、不動産や株、外貨に分散投資をしている方が、そういう不測の事態には強いかもしれません。どっちが正解かはわかりませんが、そういうことを常に考えている方が、変化には柔軟に対応できるということだけは、言い切っても良いでしょう。

ああ、やっぱり頭がおかしい感じにしか見えないだろうなあ、これ。でも、間違ったことは言っていないという、変な確信があるんですよね。もしかしたら10年後くらいには、これが当たり前の考え方になるんじゃないかなあという気がしているんです。それでは、また。